〜北から南から〜 ムランジェの表と裏
「ムランジェ」その単語を聞いて、皆さんは何を連想するだろうか。
そう、ムランジェ山。
ほとんど全ての方がそう答えるのではないだろうか。
それほど有名なムランジェ山だが、厳密にはムランジェ山という山はない。
写真を見ていただければ分かると思うが、この山は台形上に横長に伸びている。
つまり、いくつかの連峰が、一つの「ムランジェ山」を形成しているのである。
そして、3000mに迫る約20の山々の最高峰が、標高3002mを誇るサピトワ山というわけである。
このムランジェ山、そうした横長の形状のせいか、近くで見ると富士山以上に圧倒的な存在感がある。
地元の人たちが、霊峰と怖れて不用意に近づきたがらないのも理解できる。
(最も、最近の人たちはそういうこともないようだが。)
さて、ムランジェ山に並び、ムランジェの風景を美しく彩っているものがある。
それは、茶畑である。
ブランタイヤからムランジェに向かう途中、チョロからムランジェにかけて、広く整然と茶畑が連なっていて、規則正しい間隔で農民たちが茶摘みをしている。
それだけ見ていると、まるで静岡に来たかと見まがうほどの美しい風景だ。
ムランジェを訪れた際は、ムランジェを彩る2つのエレメントとして、霊峰と共に裾野の常緑の絨毯にも注目してほしい。
この茶畑を経営しているのは、ほとんどがTea Estateと呼ばれる、UKや南アフリカなどの企業だ。マラウイ産の紅茶は色が良く出るらしく、私達にとってお馴染みの大手紅茶企業でもブレンド用に重宝されているらしい。このTea Estate、1社で数千人規模の従業員を抱えて、病院や教会なども備えた団地のようなものを内部に形成している。
つまり、ムランジェにとって、お茶は雇用を生み出してくれる重要な産業なのだ。
しかし、物事というのは表裏一体。
美しく、雇用創出にも貢献しているお茶産業の負の側面を、農業普及所の同僚が語ってくれた。
まず1つは、村の住民の土地を圧迫していること。
今の村民の1代前あるいは2代前に、村民が土地をTea Estateに売ってしまったことにより、地域によっては耕す土地が枯渇しているという。
また、土地を売った度合いは村により異なり、多く手放してしまった村とそうではない村とで格差が発生しているのだ。
当然、土地を売ったお金を後世まで生きるように有益に使った、などということはない。
そして、もう1つは、HIVの問題だ。
同僚いわく、ムランジェのHIVウイルス保有率は、他の地域よりも高いという。
(ただし、これは統計に基づいた数値ではなく彼の実感値として。)
その原因を村民に聞いたところ、次のようなことではないかと推測できるというのだ。
すなわち、困窮した村の女性が、Tea Estate内に体を売りに行く。
買う側は、外国人であるか、マラウイ人であるか分からないし、あるいは両方かもしれないが、とにかくお金を求めて向かう先がTea Estateであるのだという。
彼自身、これは推測だから定かではないと断っていたし、もちろんTea Estate自体に直接の責任があるわけではない。
しかし、この話を聞いて、無邪気に「ムランジェ美しい、豊かだ!」と感心していた気持ちを引き締めさせられた。
自前企業の不足、外国企業との軋轢、仕事の不足、HIV、女性の地位の低さ、教育の不足・・・。
結局、ムランジェも、マラウイ全体と抱えている課題は変わらない。
2年間、自分ができることはきっとアリの巣穴のように小さいだろうけれど、巣穴が内部で大きく広がっているように、大きな課題の解決につながるものであることを常に意識していたい。
村への視察の帰り道、彼と話しながら、改めてそう感じた。